TENNOZ TWILIGHT #03
天王洲トワイライト
「階段、気をつけて」
27階まで直通のエレベーターを降り、案内された螺旋階段をくだると、そこに広がるのは地上120mから望む一面の夜景だった。階段でユウスケは私の手を取ろうとしたけれど、大丈夫、と言ってしまってから、意識している自分が恥ずかしくなった。私たちが会うのは、半年ぶりのことだ。
ユウスケは留学に行くと決めた私に、「君は自分のことしか考えていない」と言い、私は「私の人生はあなたのためだけにあるんじゃない」と言ってしまって、いつの間にかお互いに連絡しなくなった。それは、長く一緒にいた私たちには驚くべきできごとだった。秋が終わり、クリスマスが来る頃には、これは別れたということなのだとなんとなく理解して、もっと連絡しづらくなっていった。そして、夏が来た。 私はもうすぐイタリアで料理の専門学校に通う予定だ。その前に、一度会いたいと連絡がきたのは先週末のことで、私たちは品川で待ち合わせた。
「少しだけ、歩くけどいいかな」
駅から天王洲アイルへ向かって歩く間、私たちは近況ばかり話した。お互いの家族が元気で、仕事は順調で、自宅は引っ越していなくて、友人たちの誰かが結婚して、共通の知人が転勤して…。おおよそのことが把握できてしまったら、私たちは黙ってしまった。
ふれあい橋を渡る。あとは新しい恋人ができたかどうか、それくらいしかお互い確認することがなくなって、次の話題に困る頃には、もう天王洲アイルに着いていたのだった。
前菜を待つ間、私たちはビールを飲みながら、東京のベイエリアの夜景に見とれていた。二人とも田舎で育ったから、都会らしい風景が好きだった。雨の日でさえ展望台へ登っては、東京の夜景を眺めた。その時だけは、二人とも少し無口になって、ただただ一周、二周と展望台を歩いてまわる。
ビールが終わり、白ワインのグラスが空く頃にやっと、お互いの緊張が解けはじめていた。料理は、そろそろメインになろうとしている。
「本当は、これからイタリアに行く茉里に頼んだほうが良いかもしれないけれど、久しぶりだから俺が選んでもいいかな」
もちろん、と私はうなずいた。
今日は空気が澄んでいる、と赤ワインを注ぎながらウェイターが教えてくれる。私たちのテーブルは、まるで夜の空を旅する“魔法のテーブル”みたいで、東京の夜景の中にゆらゆらと浮かんでいるようだった。そう、どこまでも飛んでいける、魔法のテーブルみたい。今日は、なんだか落ち着かない気持ちなのに、この魔法のテーブルに運ばれた料理とワインは、私たちをずっとここへいたい気持ちにさせた。
「デザートは、最上階でお出ししますので、どうぞ」
ウェイターは、私の椅子を引き、ユウスケは「天王洲アイルで、一番高いところなんだ」と無邪気に笑った。デザートを待つ間、席を立ったユウスケの代わりにやってきたのは、さっきと同じウェイターだった。
「今日はありがとうございました。夜景はお楽しみいただけましたか」
園部さん、というのが彼の名前だ。
「もちろん。夜景も、お料理も。久しぶりに会ったから、その、友人と話が弾みました。ありがとうございました」
やっぱり、今日はなんだか落ち着かない。ユウスケを友人、と言ってみたけれど、違和感だけが残った。
「実は、茉里さん宛てのお手紙を預かっています」
園部さんは、テーブルに封筒を置いた。真っ白な封筒は、真っ白なテーブルクロスに、すぐに溶けてしまいそうだった。園部さんをもう一度見ると、“開けてみて”と笑っている。私は封筒を開ける、溶けてしまう前に。
--もし、まだ僕にチャンスがあるなら。今日、僕は茉里に一生分の約束をしたい。--
一生分の約束。
園部さんは、私が手紙を封筒へ戻したのを確認すると、“さあ、行きましょう”とと案内してくれた。
夜の東京を舞う、魔法のテーブルはもうない。私は自分の足で、一歩一歩、園部さんの後をついていった。開いたドアの向こうは小さなチャペルになっていて、ユウスケは真剣な顔をして立っていた。
扉が、ゆっくりと閉まる。
「最初のデートのスカイツリーも、会社帰りの東京タワーも、観覧車に乗ったお台場も、留学先を決めにいく茉里を泣く泣く見送りに行った羽田空港からのフライトライトも、ここからは全部見えるんだ。一緒に見た夜景を思い出す毎日より、ずっと一緒に夜景を見てほしい。その、プロポーズのつもりなんだ、イタリアに行く前に」
直通のエレベーターが27階に上がってくる。「もう一度、チャペルでお会いできる日を楽しみにしています」と園部さんが笑っている。ほかのスタッフも見送りに来てくれて、私たちはたくさんの人たちに手を振って扉を閉めた。
ボードウォークを歩いて、もう一度夜景を眺める。
「夜景がきれいでおいしいイタリア料理をと思ってこのレストランに来てさ、園部さんにプロポーズのために予約したいって話したら『僕たち、手伝います』って言われてさ。『新婚時代も、お子さんができてからも通える、思い出の場所にしてください』って真剣に言うんだ。お子さん、って気が早いけど、その言葉を聞いて、将来を想像できてさ。勇気が出たんだ」
いつか子どもができたら、園部さんが注いでくれるワインを飲みながら、魔法のテーブルに子どもたちも座らせてあげようきっと、気に入ってくれるにちがいない。
【小説の舞台】
TOKYO BAYSIDE. CLUB 東京ベイサイドクラブ
イタリア・ミラノをテーマにした料理と
東京湾の夜景が楽しめる豪華ヨーロピアン空間
レインボーブリッジやお台場を一望できる地上120メートルからの眺望が自慢のリストランテ「東京ベイサイドクラブ」。エレベーターを降りた瞬間から、心地良い香りがあふれる最上階の店内は、イタリアの貴族の館をイメージした2フロア吹き抜けの開放感あるつくり。優雅な雰囲気のなかでデートから、家族の記念日などの少人数の会食を楽しめる。また、結婚披露宴などにもおすすめ。美味しい料理に素敵な空間…まるで映画のワンシーンのような忘れられないひとときをすごせます。
品川区東品川2丁目2−8 スフィア タワー 天王洲 27F
東京モノレール線 天王洲アイル駅 徒歩約1分
東京臨海高速鉄道りんかい線 天王洲アイル駅 徒歩約5分
KAZESORA 〜風空〜 No.5
2015.07.27.の記事です。
Editorial by BTTB inc.
Scenario & Text:Eri Sakuma さくまえり
Illust:Akane Ukon 右近 茜
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