TENNOZ × PEOPLE #06
KAZESORA 〜風空〜 No.6 ※こちらの記事は2015年11月2日の記事です
アートの街・天王洲から
日本の豊かな色彩を発信し
アートの未来を描く
天王洲アイルから、伝統画材を広めるヒト
岩泉 慧
伝統画材ラボ「PIGMENT(ピグモン)」所長 画材エキスパート
ラボ(=実験室)でありミュージアム
誰もが画材に触れられる空間に
7月下旬、天王洲アイルに忽然(こつぜん)と姿を現した伝統画材ラボ「PIGMENT(ピグモン)」。その近くを通れば、竹簾(たけすだれ)をイメージした空間に目を奪われることだろう。浅草文化観光センターなど数々の建築デザインで名が知られ、日本を代表する建築家・隈研吾氏による有機曲面で構成した現代的な内装デザインの奥には、壁一面の絵筆や岩絵具がぎっしりと並べられている。
「ここでは東洋絵画を中心に、日本の高品質で希少な画材をセレクトしています。画材はプロ向けの物だと思われがちですが、本来は絵を描かない人でも画材本来の美しさを楽しめます」
オープン当時から訪れるのは画材が必要な人だけではなく、近所の子どもたちからオフィスで働く人まで、一般の方も多いという。
「壁面の岩絵具を写真に収めたり、子どもたちは初めて触れる動物の毛で出来た筆に夢中で試し書きをしたり。“画材ラボ”の名の通り、実験するように思い思いに画材を楽しんでくれています」
この画材をセレクトしているのが所長の岩泉さんだ。画材研究で博士号を取得した画材のエキスパートであり、美大で講師も務める美術家。しかし、画材との出会いは意外にも最近、大学入学後のことだという。
「もともとはテレビゲームが好きで、グラフィックデザインを勉強しようと美大を希望していました。でも、受験勉強を進める中で日本画に触れ、その奥深さにのめり込んでいきました。そして進学した京都では、古来の日本画材に詳しい教授に出会い、墨や岩絵具が一通り揃う江戸時代に創業した老舗画材店が身近にある、とても恵まれた環境だったと思います」
絵を描くことはもちろん、画材の技術や品質、画材そのものの美しさにものめり込んでいった。
「そもそも、食べ物は産地を気にするし、家電には数年の品質保証がついていますよね。でも、絵画を買う人は画材、つまり、材料については知らない人が多いのはとても不思議なことですよね」
どんな絵具で描かれたのかを知れば、鑑賞の楽しみも増し、画材の質によって、絵が持つ価値がよりわかるようになるという。
「毎週のように岩絵具を見に来る近所のお子さんがいます。画材って、絵画になる前から独特の美しさがあるんです。だから、僕らはここをただの画材屋ではなく、“ラボ”でありミュージアムだと思って誰でも画材やアートに触れられ、より親しめる空間にしていきたいんです」
日本の画材を世界へ発信し
ものづくりの心を伝える
学生時代、画材を知れば知るほど日本伝統画材の質の高さを実感した岩泉さん。海外でもかなりの高評価を得ているものの、肝心な日本人にはその評価の高さが知られていないという。
「墨、硯(すずり)に加えて、動物の皮や骨を煮出して作られる接着剤『膠(にかわ)』を研究しました。顔料や岩絵具はそれ自体では絵を描けません。そこに展色剤となる『膠』を加えて使います。この“膠加減(にかわかげん)”を調整して絵を描くわけですが、季節や岩絵具との相性による変化を研究しながら、そもそも、この画材そのものが芸術品のように愛着を持てることに気づかされていく過程でもありました。まるで、飴のようにキラキラしているでしょう?」
この春に博士号を取得し、助教授として教育機関に所属しながら、PIGMENT所長に就任。
「京都や奈良の画材屋さんは、創業も江戸時代からと古く、敷居も高い。芸術家にとって、勉強の場にはなるけれど、芸術・画材の普及はできていない様子でした。ここは誰でもアートに触れられる環境だということに興味をもったんです。しかも、国産画材の良さを発信できるチャンスになると」
TERRADA ART AWARDなど、作品公募やギャラリーも多い天王洲アイルの街は、羽田空港にも近く国際都市としても、今後東京オリンピックに向けて注目されていくことは間違いない。
「海外からの観光客の方へも、英語でご案内できます。アート街として、天王洲アイルが日本画材の情報発信地になっていけたら嬉しいです」
さらに、海外の人に興味を持たれたことで“日本にこんなすばらしい画材文化があったのか”という発見をする日本人も多いだろうという。
「天然の岩絵具は、もともと宝石にもできる鉱石を砕いているわけですから、インテリアとして購入する方もいるくらい輝きが美しい。それに、こうして画材のことを知ると、絵を描いてみたくなりませんか。今まで絵画に触れたことがあまりなかった方でも、画材の奥深さを知り、試してみたら…きっと絵を描いたり飾りたくなるはず。そのワクワク感こそ、ものづくりの心が生きる日本古来の伝統画材がなせる技なのだと思います」
アートの業界全体の裾野を広げ、ここ天王洲アイルから国内へ、海外へ情報を発信していくPIGMENT。岩泉さんは今、日本の画材アンバサダーとして、未来を描き始めている。
PROFILE | いわいずみ けい
1986年生まれ。神奈川県出身。京都造形芸術大学博士号取得。日本画に使用される「画材」の物質そのものが時間や自然条件によって経年変化を起こし、その物質本来の美を育む魅力を研究して学生時代を京都で過ごす。
取材協力 | PIGMENT ピグモン
03-5781-9550
品川区東品川2-5-5 Harbor Oneビル 1F
営業時間 / 11:00~20:00
定 休 日 / 月曜日・木曜日
りんかい線「天王洲アイル」駅 B出口から徒歩約3分
東京モノレール「天王洲アイル」駅から徒歩5分
KAZESORA 〜風空〜 No.6
2015.11.2.の記事です。
Direction & Design:Shigekazu Katsumata 勝又シゲカズ BTTB inc.
Text:Eri Sakuma さくまえり
Photographer:Soichiro Kosuga 小菅聡一郎
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